「読み書き苦手=ビジョントレーニング」って本当なの?そんな一直線な話ではありません。─非線形で見る“支援の地図”ー
- ジョイビジョン奈良.OptMatsumoto(1級.眼鏡作製技能士)
- 6月3日
- 読了時間: 6分

■ よくある“単純化された支援ルート”
読み書きの困難を「目の動きの問題」と決めつけ、すぐにビジョントレーニングへと進む。
こういった流れは、実際によく見られます。
読み書きが苦手
↓
目の動きが悪い?
↓
トレーニングで鍛えよう!
一見すると、理にかなっているように思えます。
でもこのルートは、「仮説ひとつで突き進む」危うさをはらんでいます。
なぜなら、読み書きの困難を「目の動きの問題」と決めつけるのは、視覚機能全体の構造を見落とすことにつながります。
眼球運動は視覚機能の一要素に過ぎません。
なのに、それだけに焦点を当てて「トレーニングで改善」という流れは、支援の方向性とし極めて不健康です。
なぜなら、視覚には両眼視、調節、視覚認知、感覚との統合といった多層的な機能が関わっており、「目の動き」だけを支援の入口にすることで、かえって本質的な課題を見逃すリスクがあるからです。
そして何より、「トレーニングしたけど変わらなかった」というときに、その原因が「本人の努力不足」や「継続できなかったせい」へとすり替わる。
これは支援として、とても危険な構造です。
◾️最近、この流れが本当に増えています。
「学校で“読み書きが苦手だからビジョントレーニングをした方がいい”と言われました」
「それで紹介されて来ました」
「なのでビジョントレーニングをお願いします」
こういったケースでは、すでに“やること”が決まっていて、原因の見立てが飛ばされていることが少なくありません。
本来、「読み書きが苦手」というのは、ひとつの“結果”にすぎません。
そこに至るまでの背景や構造を見ずに、あらかじめ用意された手段に当てはめる──
この“線形の支援ルート”が、ある種の思考停止を生みかけているように感じます。
もちろん、先生方も保護者の方も真剣ですし、「何とかしたい」という気持ちはまっすぐです。
ただ、その誠実な気持ちがあるからこそ、今いちど立ち止まって考えてほしいのです。
「この子が読み書きで困っているのは、どこに“詰まり”があるからなんだろう?」
「“トレーニング”以前に、確認すべき視点が抜け落ちていないだろうか?」
支援の精度は、この問いから始まります。
■ 「線形モデル」に落とし込まれる危うさ
読み書きの困難に対して、
「原因は目の動き」→「トレーニングで改善」
というシンプルな因果関係(線形モデル)で支援が進んでしまう場面が非常に多く見られます。
この“読み書きが苦手なら、ビジョントレーニングすればいい”という一直線の見立ては、いかにもわかりやすく、説明もしやすく、もっともらしい方策を提示した!という感覚が得やすい流れです。
ですが、実際の子どもの困りごとはそんなに単純ではありません。
むしろ現実は──
■ 支援すべき構造は“非線形”である
読み書きの困難には、複数の要因が互いに絡み合いながら影響を及ぼし合ういわば“非線形構造”があります。
たとえば、視覚の処理だけでなく、姿勢保持や前庭感覚の不安定さ、過去の失敗体験による自己否定感などが、お互いに強化し合いながら、「できない感覚」を育ててしまう。
つまり、「原因A → 結果B」という単純な流れではなく、
「要因A・B・C・D…が互いに複雑に影響しあって結果Zが出ている」
というような非線形構造が背景にあることがほとんどです。
■ 非線形構造に対応する“方策マップ”
では、こうした非線形の困りごとに対して、実際にはどのような支援が必要なのでしょうか。
単一の手段では対応できない分、複数のレイヤーから支援を組み合わせる発想が重要になります。
▶ 視覚機能に対するアプローチ
両眼視機能の評価と補正(輻輳不全、上下ズレ、抑制など)
正確な屈折補正(過矯正・未矯正の見直し)
コントラスト感度や視覚的持久力の評価
→ 必要に応じて、プリズムや特殊レンズの使用で、視覚の「入力段階」を整える。
▶ 感覚統合・身体支援
前庭刺激や固有感覚を使った姿勢安定プログラム
“見る”ための土台としての身体バランス調整
感覚過敏・感覚防衛の評価と調整(光や音に対する過敏)
→ 視線の安定や注視持続が苦手な場合、“目の動き”そのものより、身体側のアプローチが優先されるケースも多い。
▶ 認知・視覚認知処理へのアプローチ
TVPSやVMI等による視覚認知検査を実施
情報の「解釈」「記憶」「再現」に関わる特性を明らかにする
読みの誤りが「見えてない」ではなく「選べない」から起きている場合もある
→ トレーニングではなく、タスク設計や教示法の工夫が重要になることも。
▶ 心理的アプローチ
苦手意識や自己効力感の低下に対する言語的介入
ラベリング(例:「雑」「集中力がない」)の呪いを解除する
「できるようになった感覚」を意図的に体験させる環境設計
→ 心理的観点から「困っている本人の語り」を引き出すことが、長期的支援には不可欠。
▶ 道具的・環境的な支援
読み書き支援ツール(視覚ルーラー、リーディングガイド、音声化アプリ)
照明、背景、視距離など環境設定の微調整
書く負荷を減らす代替手段(口頭表現、タイピング)も含めた選択肢提示
→ 「本人の力を伸ばす」と同時に、「負荷を減らす」視点を持つことが大切。
■ 支援の原則は「順番の見立て」にある
非線形構造を扱ううえで重要なのは、“順番”と“優先度”を見極めることです。
「とにかくトレーニング」ではなく、
まず“入力”に問題があるなら視覚補正
“視線が持たない”なら姿勢・感覚支援
“理解や表現がうまくいかない”なら認知・心理的配慮
というように、「どこから整えると効果が出やすいか」を構造的に読み解いていくことが、支援の精度を大きく左右します。
■ まとめ:支援は“構造設計”から始まる
困りごとが非線形である以上、支援もまた計画的に設計されたものであるべきです。
目の動きが原因かもしれない。
でもそれがすべてではない。
読み書きの困難は、「ビジョントレーニングありき」ではなく、その子の構造を見て、そこから必要な手段を“選び取る”ことが支援の本質だと考えています。
読み書きが苦手という現象には、いくつもの要因が重なっています。
その構造を無視して、「とりあえずトレーニング」で対応しようとすると、うまくいかないのは当然とも言えます。
正しい順番は「構造分析」→「支援設計」
読み書きの困難に対して、本当に必要なのは
“この子は、どのレイヤーで引っかかっているのか?”を見抜く視点です。
支援の順序としては、本来こうあるべきです:
読み書きに困っている
↓
構造分析(視覚・感覚・認知・心理)
↓
支援設計(必要があればビジョントレーニングも含む)
つまり、ビジョントレーニングは「選択肢の一つ」にすぎません。
最初から決まっている“処方”ではなく、構造の見立ての中で選ばれるべき“手段”です。
そしてその交通整理こそが、支援者に求められる最初の仕事です。
「読み書き苦手 → ビジョントレーニング」
この一直線のルートに、今少し違和感を持ってみてほしいのです。
本当にその子に必要なのは、“トレーニング”ではなく“構造の理解”かもしれない。
一人ひとりの困りごとに、画一的な支援は通用しません。
支援の本質は「その子をどう見るか」から始まります。
もし「読み書きがうまくいかない理由がわからない」と感じているなら、まずは構造から丁寧に見てみませんか?
その先に、本当に必要な支援が見えてくるかもしれません。
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