文字が動いて見えるのは脳か、眼か──アーレンと両眼視機能の分化構造を読み解く
- ジョイビジョン奈良.OptMatsumoto(1級.眼鏡作製技能士)

- 11月21日
- 読了時間: 4分

「文字が歪む」「ページがちらつく」「光が痛い」「行が追えない」
それらは単なる“視力の問題”ではなく、視覚情報処理の構造的な偏りとして現れることがあります。
近年、「アーレンシンドローム(Irlen Syndrome)」という言葉が注目され、光に対する過敏さや読みづらさを説明する概念として広がりを見せています。
しかし、現場で見ていると、多くのケースは“真性アーレン”ではなく、両眼視機能・調節機能・感覚処理・注意制御が複雑に重なった混合構造であることが少なくありません。
第一層|刺激入力 ― 光と環境がもたらすノイズ
アーレンシンドロームの特徴は、まず光刺激への神経的過敏にあります。
蛍光灯やLED照明、白い紙面やディスプレイの明るさが脳の情報処理を乱し、結果として以下のような知覚体験を引き起こすことが知られています。
文字が動いたり、歪んで見える
ページの背景がちらつく・波打つように見える
光が強く刺さる、白が眩しすぎる
行を追えず、読み飛ばす・戻り読みが多い
長時間読むと頭痛や疲労が出る
空間認知や距離感に違和感を覚える
これらは視力の異常ではなく、光刺激に対する視覚皮質の過反応によって生じる現象です。
言い換えれば、入力情報そのものが“過剰に処理されている”状態。
ただし、ここで重要なのは、この“入力のノイズ”が常にアーレンに由来するとは限らないという点です。
光刺激の感受性は、眼位ズレ・輻輳・調節機能の不均衡など、両眼視機能由来の入力ズレでも生じ得ます。
第二層|神経処理 ― 両眼視とアーレンの分化構造
両眼視機能は、右目と左目から入る情報を脳内で統合し、ひとつの立体的な世界像を形成する機能です。
この協調に不均衡があると、焦点を合わせ続けるために余分な努力が必要になり、結果として文字がにじむ・二重に見える・ページが揺れるといった症状が現れます。
つまり、両眼視機能の問題は入力の位相ズレであり、アーレンの問題は刺激処理の過敏化。
両者は異なる層に属しますが、現象としては酷似する。
そのため、構造的な分化を行わずに「アーレンっぽい」と短絡的に判断すると、本来は眼球運動や輻輳の問題を抱える人に、不適切なフィルターや単なるカラーレンズの処方、さらには稀にビジョントレーニングを行ってしまう危険があります。
実際の臨床では、純粋なアーレン(真性アーレン)は少なく、多くが両眼視機能や感覚過敏との重複構造サブタイプです。
ゆえに、二項対立的な弁別ではなく、分化的評価(Differentiation)が不可欠となります。
分化とは、「分ける」ことではなく、「構造を浮かび上がらせる」こと。
どの層で何が干渉し、どの層が一次的かを見立てるプロセスこそが、方策の精度を決定づけます。
第三層|統合出力 ― “読む”とは脳全体の構造反応
読むという行為は、単なる視覚活動ではありません。
視覚入力、神経処理、そして認知・言語・情動が統合されてはじめて成立します。
したがって、入力層や処理層で微細なノイズが生じるだけで、出力段階(読み・理解・集中・記憶)にも波及します。
読みが遅い、疲れやすい、内容が入ってこない・・・
そうした現象の多くは、知的能力や努力不足ではなく、統合出力層に負荷がかかっているサインです。
分化的評価の必要性
ジョイビジョン奈良.OptMatsumotoでは、ドイツ式・米国式の両眼視機能検査に加え、感覚プロファイルや心理的観察を用いて、「どの層でズレが生じているのか」を構造的に分化しています。
単に「トレーニングすれば良くなる」「カラーレンズで軽くする」といった即効的支援ではなく、原因の層を特定して、負荷の構造を読み解くそれが本当の意味での支援であり、専門性です。
結び ― 見え方の個性を、構造で守る
“文字が動く”という訴えの背後には、脳・眼・光・感覚・心理が交錯する繊細な構造があります。
その構造を一枚のラベルで語らず、丁寧に分化し、理解する。
それが、“視力ではなく意味まで見る”という
ジョイビジョン奈良.OptMatsumotoの理念です。


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